大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和61年(ワ)9087号 判決

主文

一  被告は原告に対し、二一〇二万一六九九円及び内一九六五万一六九九円に対する昭和六一年八月二日から支払ずみまで年六分の割合による金員を、内一三七万円に対する同日から支払ずみまで年五分の割合による金員を各支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、二一〇二万一六九九円及びこれに対する昭和六一年八月二日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  この判決は仮に執行することができる。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告は空気工具等の製造販売業を営む株式会社であり、被告は鉄その他の鉱物、天然無機物等を原料とした各種のテープ・フィルム等の製造販売業を営む株式会社である。

2  契約責任

(一) 売買契約の債務不履行

(1) 原告は、昭和六〇年六月二八日被告の磁気製品事業部第一販売部専任室長訴外住吉正雄(以下「住吉」という)を被告の代理人として、被告との間で被告のビデオテープ原反(以下「パンケーキ」という)を以下の約定で買い受ける契約(以下「本件売買契約」という)を締結した。

ア 商品 被告製パンケーキ四〇六〇メートル巻き三五〇〇巻

イ 代金 二四六六万一〇〇〇円

ウ 支払条件 現金払い。ただし、支払方法は原・被告間の初取引であり未だ取引口座が開設されていないため、便宜上被告の代理店である訴外株式会社浦幌(以下「浦幌」という)の銀行口座に振り込む方法による。

エ その他の条件

a 被告は、売買商品の預かり証を発行し原告に交付する。

b 右商品の保管場所は被告の相模原工場倉庫とする。

c 期間は昭和六〇年六月二九日から約二か月

d 商品の引渡方法は、原告の指定する数量を七本単位で原告の指定場所に納入して行う。

(2) 原告は、昭和六〇年六月二九日前記約定に基づき、被告から売渡商品となるパンケーキ(以下「本件パンケーキ」という)の預り証の交付を受けて本件売買契約の目的物を特定し、浦幌の銀行口座に右売買代金二四六六万一〇〇〇円を振り込んで支払った。

(3) 被告は、原告の配送指定に従って昭和六〇年七月から同年八月にかけて合計一〇二二巻のパンケーキを納入したが、昭和六一年三月一五日ころに至り、原告に対し残余の二四七八巻を他に処分し、残余の引渡しが不能となった旨通知してきた。

(二) 台湾シー・エム・シー契約の破棄

(1) 被告は前記債務不履行の後、住吉を代理人として原告との間で、被告製造に係るビデオカセット用パンケーキEG(エキストラグレイド)並びにST(スタンダード)を特別値引単価で原告に売り渡し、これを原告において台湾台北市所在のシー・エム・シー・マグネティックコーポレーション(以下「CMC」という)に通常単価で輸出販売して利益を挙げ、前項の債務不履行により原告が被った損害の補填に充てるという取引契約(以下「CMC契約」という)を締結した。

(2) 原告は、右契約目的を実現するため、被告から提供を受けた見本商品を持って昭和六一年四月一〇日から同年六月一日までの間合計四回にわたりCMCに社員を訪問させ、CMCと輸出販売契約を締結すべく交渉し、ほぼ合意に達するまでに至った。一回目の渡台には住吉も同行している。

(3) ところが、被告は昭和六一年六月上旬ころ突然原告に対しCMC契約の破棄を一方的に通告し、原告に後記の損害を与えた。

(三) 損害

原告が前記一、二につき被った損害は次のとおりである。

(1) 本件パンケーキ喪失による損害

一七四五万九九八八円

本件パンケーキは単価七〇四六円であり、引渡不履行分二四七八巻の価格は一七四五万九九八八円となり、右相当の損害を被った。

(2) 逸失利益 二一五万八三三八円

本件パンケーキは少なくとも一巻当たり七九一七円で転売することが予定されていたから、原告は被告の債務不履行により右転売利益との差額分に相当する二一五万八三三八円の得べかりし利益を喪失し、右相当の損害を被った。

(3) CMC契約交渉に伴う損害

一五〇万七〇八三円

昭和六一年四月一〇日から同年六月一日まで四回の台湾出張費用相当損害一二一万七〇〇〇円とCMC契約交渉挫折による事後始末のため同月二二日から二六日までCMC訪問を余儀なくされたことにより被った出張費用相当損害二九万〇〇八三円との合計

(4)弁護士費用相当損害 一三七万円

原告は、前記損害を回収するためやむなく本訴提起を原告訴訟代理人に委任し、弁護士会報酬規定を基準として着手金、報酬として合計一三七万円を支払い、右相当の損害を被ったところ、右損害は被告の本件売買契約締結に至る経緯(後記不法行為責任の項参照)及び本件審理の経過に照らすとき、被告の債務不履行と相当因果関係のある損害というべきである。

(5) 損害の填補 一四七万三七一〇円

以上の損害合計は二二四九万五四〇九円に上るところ、原告は昭和六一年四月二三日被告から右損害の填補金として一四七万三七一〇円の支払を受け、これを右損害に充当したから、残損害額は二一〇二万一六九九円となる。

3  不法行為責任

仮に、2の契約責任の主張が理由がないとしても、被告は次のとおり不法行為責任を免れず、原告に対し前同額の損害を賠償すべき責任がある。

(一) 本件売買契約締結当時、被告の顧客である浦幌は、昭和六〇年六月末の手形決裁のため六〇〇〇万円の資金不足を生じて倒産の危機にあり、浦幌に六〇〇〇万円の債権を有していた被告にとって重大な事態であった。

浦幌は住吉の手がけた取引先であるところ、同人は、浦幌から右窮情を知らされ、急場しのぎに取り合えず二五〇〇万円ほどの資金援助を請われたので、急遽「前金でパンケーキを売り、その入金分を浦幌にまわして対応策とする」との方法を考案し、同月二八日右実情を秘匿したまま正常な取引を装って原告と本件売買契約を締結し、翌二九日前記のとおり原告をして浦幌の銀行口座に売買代金全額を払い込ませ、右入金は被告に対する手形決裁に当てられ、浦幌は当面の危機を切り抜けた。

(二) しかし、結局、浦幌は同年一一月負債総額五ないし六億円を抱えて倒産するに至ったのであるが、これは本件売買契約時点の財務窮迫状態からすると、倒産例の実務経験に照らし、既に本件売買契約締結時点において必然的結末として予測されたものであり、原告が右実情を知っていれば本件売買契約に応じなかったことは明らかである。

(三) 住吉の本件売買契約締結行為は、原告に不当な犠牲を強い、その反面で被告の利益追求を図ったもので、商取引における信義誠実の原則に反し、かつ、社会的妥当の範囲を著しく逸脱する違法なものである。

また、その後のCMC契約の交渉についても、住吉及びその上司である訴外和田巌(以下「和田」という)らは、原告に与えた前記損害填補のため被告における社内検討を行った上で右契約を締結し、その目的を達成するためにCMCとの交渉を進めることとしながら、右交渉の途中であったにもかかわらず、急遽政策変更などと称して一方的に右契約を破棄してしまったものであり、その違法なことは明らかである。

(四) 住吉及び和田らは被告の従業員であるところ、いずれも自己の業務の執行として以上の各行為を行い、故意過失により原告に前記損害を与えたものであるから、被告は民法七一五条により原告が被った前記損害を賠償すべき責任がある。

4  よって、原告は被告に対し、主位的に契約責任、予備的に不法行為責任に基づき、損害金二一〇二万一六九九円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和六一年八月二日から支払ずみまで年六分の割合による金員の支払を求める。

二  請求原因に対する認否等

1  原告の債務不履行、使用者責任による不法行為責任の主張はいずれも故意又は重大な過失により時機に後れてされた主張であり、却下されるべきである。

原告の従来の主張は本件パンケーキの所有権侵害による不法行為責任であり、被告はこれを前提として長期にわたり防御活動をしてきた。しかるに、審理の終了間近に至り、原告は主張整理と称して被告が従来防御の対象としていなかった前記のごとき内容の主張に変更したものであり、被告の防御権を不当に侵害するものであって許されないものというべきである。

2  請求原因に対する認否

(一) 請求原因1の事実は認める。

(二) 同2は、(一)につき、(1)のうち住吉の地位は認めるがその余は否認する。(2)のうち預り証の交付は認めるが、これは住吉が昭和六〇年七月一日に原告に交付したものであり、その余の事実は不知。(3)の事実は否認する。

同2(二)(1)の事実は否認する。CMC契約なるものは原告からそのような話が持ち出され、原告の損害補填などの事情は全く知らないまま、通常の取引案件として実現可能性を社内で検討したにすぎず、契約締結に至ったものではない。同(2)の事実は住吉の渡台及び被告が見本商品を提供したことは認めるが、住吉は被告の業務としてではなく、休暇を取り、私人として行ったものである。その余は不知。

同2(三)は不知ないし争う。

(三) 同3は住吉、和田が被告の従業員であること、和田らがCMC契約の実現可能性について社内検討をしたことは認めるが、その余は否認する。

(四) 同4の主張は争う。

三  抗弁(過失相殺)

仮に、被告に所有権侵害による不法行為責任があるとしても、原告主張の損害発生については、原告に以下のとおり多大の過失があるから、七〇パーセントの過失相殺を行うべきである。

1  原告は、被告を本件売買契約の当事者としながら、その売買代金を浦幌に支払ったことは軽率の謗りを免れない。

2  原告は、本件パンケーキの預り期間経過後住吉から引取り催告を受けたにもかかわらず、右商品の引取りを行わなかったところ、浦幌は昭和六〇年一一月末に倒産するまでは右商品を引き渡すことができたのであるから原告の右引取遅延が原告の損害発生に寄与していることは明らかである。

3  原告は、本件売買契約の締結及びその履行に当たり、住吉以外の被告従業員と接触していない。CMC契約についても同様である。原告は右各契約の相手が被告であることの確認を怠ったものというべきであり、この過失が原告の損害発生に寄与していることも明らかというべきである。

4  本件売買契約において、商品の出荷指図を行っていたのは原告ではなく訴外日本メディアサプライ株式会社(以下「日本メディア」という)であり、指図先は浦幌である。原告は日本メディアと極めて密接な取引関係にあるから、被告ではなく、浦幌が真の売主として出荷していることを容易に知り得たはずであり、損害の発生ないし拡大を防止し得たというべきである。

四  抗弁に対する認否

すべて争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  被告の契約責任について判断する。

1  請求原因2(一)(1)のうち住吉の地位、(2)のうち同人が預り証を原告に交付したことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実に〈証拠〉を総合すると、請求原因2(一)の各事実(なお、原告は本件売買代金として振込手数料八〇〇円を含む合計二四六六万一〇〇〇円の支払をしている)に加え、本件売買契約はそもそも住吉が手がけた被告の取引先である浦幌が多額の手形決裁資金の不足を来して倒産の危機に陥り、ひいては被告に取引債権の焦げつきをもたらすおそれが生じたことから、住吉において本件売買代金をもって浦幌の被告に対する手形資金に当て、右被告の損害を未然に防止しようとの思惑の下に急遽原告に持ち掛けられたものであること、原告は右事情は一切知り得ないまま、被告の企業名を信頼し、通常の取引として右契約締結に応じたものであること、しかし、浦幌は結局倒産するに至り、その債務整理の過程で被告において預かり保管中の本件パンケーキの残り二四七八巻は他に処分され喪失したこと等の各事実を認めることができ、〈証拠〉中右認定に抵触する部分はその余の前掲各証拠に照らして措信し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右事実によれば、被告は原告に対し本件売買契約の履行不能に伴い原告に生じた後記認定の損害を賠償すべき義務があるものというべきである。

2  また、前記認定事実に〈証拠〉によれば、請求原因2(二)の各事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。被告は、CMC契約は住吉が全く個人的立場で関与したものであり、被告には何ら関わりのないことであるかの如く反論し、〈証拠〉によれば、住吉の渡台は休暇を取り、私的な旅行の体裁が取られていることが窺われるが、右事実は被告のCMC契約締結の認定を妨げるには足りない。

右事実によれば、被告はCMC契約締結により、右契約目的実現のために原告が被った後記認定の損害を賠償すべき義務があるというべきである。

3  なお付言するに、被告は、本訴請求原因に係る契約責任、不法行為責任(民法七一五条使用者責任)の主張は時機に後れたものである旨主張するのであるが、右請求原因は本件審理の結果を踏まえて、原告が従来の主張を整理したにすぎないものであり、また、本件審理の経過に照らしてみても、被告の防御活動を不当に侵害するものとは認め難く、民事訴訟法一三九条にいう時機に後れた主張には当たらないというべきであるから、被告の右主張は理由がなく、失当である。

三  損害

1  本件パンケーキ喪失による損害

一九六一万八三二六円

前記認定事実に〈証拠〉によれば、原告は本件パンケーキの引渡未了分二四七八巻の喪失分一七四五万九九八八円(一巻当たりの購入単価七〇四六円に基づく合計額)の損害を被ったほか、右パンケーキにつき見込まれていた転売利益(一巻当たり七九一七円で転売可能であったことが認められる)と購入価格との差額相当合計額二一五万八三三八円(なお、右転売に要する経費は特に窺われない)の逸失利益相当の損害を被ったことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。以上の合計額は一九六一万八三二六円となる。

2  CMC契約破棄による損害

一五〇万七〇八三円

前記認定事実に〈証拠〉によれば、原告はCMC契約の目的達成のため及び被告の右契約破棄後の後始末のために社員を台湾に派遣して交渉を重ね、交通費等として合計一五〇万七〇八三円の支出を余儀なくされ、右相当の損害を被ったことが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

3  損害小計

一九六五万一六九九円

右1、2の損害合計額は二一一二万五四〇九円となるところ、これから原告の自認する損害填補に係る一四七万三七一〇円を控除すると、右残損害額は一九六五万一六九九円となる。

4  弁護士費用相当損害

一三七万〇〇〇〇円

〈証拠〉によれば、原告は前記損害を回復するため、やむなく原告訴訟代理人に本訴の提起等本件紛争の解決方を委任し、その報酬、費用として一三七万円の支出を余儀なくされたことが認められる。

本訴は金銭の給付を目的とするものではあるが、元々は本件パンケーキの引渡債務の不履行により、本来の債務に代わる損害賠償としての金銭給付を求めるものであって、貸金債権等とは趣を異にする面があり、これに不法行為に基づく損害賠償の取扱いとの均衡等をも合わせ考慮すると、原告の右弁護士費用の支出は被告の前記債務不履行と相当因果関係がある損害として、被告に負担させるのが公平であり、また、今日の法的紛争解決の実態に沿うものというべきである。そして、本件審理の経緯、本件事案の内容及び解決の難易度、認容額等に照らすと、原告の右支出額は相当なものというべきである。

四  抗弁について

被告は抗弁事実摘示のとおり過失相殺の主張をするのであるが、前記認定事実に前掲各証拠によれば、本件売買契約は、被告を代理して取引権限を有している住吉の突然の売込みにより慌ただしく締結されたものであり、また、原告にとって特に必要な取引でもなく、支払の方法等をも合わせ考察すると、正常な取引形態に比較すると不自然な面が窺われないではない。にもかかわらず、原告が右契約に応じたのは、一流企業としての被告名を信頼したからこそであり、被告は右信頼を利用して被告の取引先の倒産防止による自己の利益保持を図ったものであることが明らかである。このことはCMC契約についても同様にあてはまることである。原告は右のような目的の下に持ち掛けられた本件売買契約の不履行により生じた損害につき、被告であればこそCMC契約のような方法を採ってその回復を図ってもらえるものと信頼して台湾訪問を繰り返したものである。すると、右のような事情の下では、抗弁1、3及び4の主張は信義、公平に反するものというべきであり、原告の前記損害額の減額事由として考慮することは相当ではないといわなければならない。

また、引取期間徒過の点を非難する抗弁2も、仮に右期間内に原告が保管委託した商品を引き取っておけば喪失は免れたといえるとしても、他方、前記認定の本件売買契約締結の経緯に加え、当初から分割納入の合意があったこと、被告の本件債務不履行は浦幌の倒産によるものであり、被告は本件パンケーキの保管に当たり保管義務違背を指摘されてもやむを得ないところであること等の事情を考慮すると、本件パンケーキの喪失につき原告に負担を強いるのは前同様信義、公平の理念に照らして、にわかに肯認し難いものというべきである。

したがって、抗弁はいずれも理由がなく、採用の限りではない。

五  よって、原告の本訴請求は、被告に対し、二一〇二万一六九九円並びに内一九六五万一六九九円に対する本訴状送達の日の翌日であることが本件記録上明らかな昭和六一年八月二日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による、内一三七万円に対する右同期間につき民法所定年五分の割合による各金員の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤村 啓)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例